ブログ1148日目

「Yoshihiro.Kの何でも会議室」を見てくれてありがとうございます。

7月頃に、「伊勢志摩方面」に行く予定です。

ご迷惑をおかけすることと思いますが、ご理解とご協力をお願いいたします。

2012年5月20日

Yoshihiro.K

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ブログ1143日目

三重県津市にある「『セントヨゼフ女子学園』のハンドベル部と箏部」のジョイント・コンサートが6月3日にイオンタウン鈴鹿(三重県鈴鹿市)で行われることが決定しました。

日時:6月3日(Sun)

1回目:PM12:00~12:40

2回目:PM1:20~2:00

場所:イオンタウン鈴鹿(三重県鈴鹿市庄野羽山4-20-1)・ユニクロ前広場

http://www.aeontown.co.jp/suzuka/

「セントヨゼフ女子学園」ホームページ

http://www.sjjg.ac.jp/

From:「『セントヨゼフ女子学園・ハンドベル部』のクリスマスコンサート」に「3年連続(2009年~2011年)」で行っているYoshihiro.K

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ブログ1139日目

「前回更新(4月24日)」から「今回更新(5月11日)」までのYoshihiro.K。

5月5日(Sat)

愛知県美浜町にある「魚太郎」に行ってきました。

GW中だったので、高速道路は混雑していました。

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「『伊勢湾岸自動車道・大府IC』で一旦下車(渋滞で30分以上かかりました)」し、国道302号線を通り、「大府西IC」から「『知多半島道路(半田ICから先は南知多道路)』に入る予定」だったんですが、渋滞していたので、「一般道」に迂回し、「阿久比(あぐい)IC」から入りました(「画像」は、「阿久比IC付近」の一般道で撮影)。

「知多半島道路」に入り、「南知多IC」で下車した訳ですが・・・

「国道247号線」が渋滞していて、「南知多IC」から1時間以上かかりました。

(*)「『魚太郎』のホームページ」には、「『大府西IC』から『南知多IC』まで」は、「約33分」って書いてありました(帰りは、「この区間」を実際に走りましたが、途中で渋滞してしまって「1時間30分前後」かかりました)。

「魚太郎」のホームページ(「詳しい場所など」は、こちらに書いてあります)

http://www.uotaro.com/

5月9日(Wed)

三重県鈴鹿市の「鈴鹿ハンター」で行われた岩波理恵さんの新曲キャンペーンに行ってきました。

「詳しいこと」は、こちらに書いてありました

http://yaplog.jp/dsrie/archive/4195

岩波さんは、5月14日生まれの長野県南諏訪町出身。

「『全日空』の元・客室乗務員」で、「テレビレポーター、アシスタント」として活動後、文化放送「走れ!歌謡曲」の水曜パーソナリティーを7年間担当し、今年2月8日に「こころ こわれそう/いつも会いたくなる人」で歌手デビューしました。

(*)5月12日の夜に、一部編集しました。

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ブログ1122日目

3姉妹になる…幸せの矢先。死亡妊婦の夫「絶対に許せない」。亀岡・暴走事故(「産経新聞社」提供・2012.4.24AM10:41ネット配信済、一部編集)

「いってきます」-。

いつものように笑顔で出かけた家族が帰宅することは二度となくなった。

京都府亀岡市で集団登校の児童の列に車が突っ込み、保護者や児童が死傷した事故。

亡くなった松村幸姫(まつむら・ゆきひ)さん(26)は妊娠中で今夏に出産予定だった。

また、通学途中だった同市立安詳(あんしょう)小学校2年の小谷(おだに)真緒ちゃん(7歳)も快活で笑顔の絶えない子供だったという。

かけがえのない人たちの命を一瞬で奪った少年らの無免許運転。

無責任極まりない行動に、遺族らは「絶対に許せない」と行き場のない怒りをぶつけた。

・妻は目の前で意識が薄れていった

遺族によると、松村さんは妊娠7ヶ月で、7月末には3人目の子供を授かる予定だった。

松村さんの兄(28)は「最近、今度生まれる子供が女の子だと分かったばかりだった。上の子供は女の子2人なので、『3姉妹やなあ。健康で育ってほしいなあ』と幸せそうだった」と振り返った。

地元の高校を卒業し、歯科助手として働いていた松村さん。

結婚後も仕事は続け、育児と両立させていた。

事故にあったこの日も、今回の事故で重傷を負った娘(6歳)を学校へ引率する途中だった。

ところが、突然の事故は、松村さんとおなかにいた胎児の命も一瞬にして奪い去ってしまった。

「病院で、妻の意識が薄れていくなか、『頑張れ』と声をかけることしかできなかった」と無念の表情を浮かべた松村さんの夫(28)は、「妻はいつも、家族のことを考えてくれる優しい女性。おなかの中の子供のことも、『また女の子だね』などと言い合いながら、名前を考えたりした」と話し、「何の罪もない人間が殺され、許せるはずがない」と怒りをあらわにした。

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ブログ1078日目

湖国の春、被災者に笑顔。

2年ぶりびわ湖開き。福島県知事、感謝の祝辞

滋賀県大津市の琵琶湖で「びわ湖開き(びわ湖大津観光協会など主催)」が行われた今月10日、滋賀県内に避難中の東日本大震災の被災者らは、関連行事などにも参加し、支援者らと一緒に被災地復興を願った。

開会前に、県内避難者を含む約1200人が、大津港で1分間の黙とうをささげ、鎮魂の鐘が鳴り響いた。

開会式では、福島県の佐藤雄平知事から寄せられた「滋賀の心温まる支援、ありがとうございます。世界に誇れる復興を成し遂げたい」との祝辞が紹介された。

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NHK連続テレビ小説「カーネーション(毎週月曜日~土曜日放送中)」に出演中の川崎亜沙美さん(27)は一日船長として、「私にできることは夢とパワーを振りまくこと。これからも頑張りたい」とあいさつ。

避難者の子ども3人と共に、出航を告げる鐘を鳴らした。

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招待された県内避難者と支援者ら130人は、2隻の船で琵琶湖遊覧を楽しんだ後、三井寺(園城寺)や大津市歴史博物館など市内の名所を巡り、交流を深めた。

福島県郡山市から野洲市に避難している遠藤正一さん(49)は「琵琶湖の風を感じ、新たに滋賀で頑張ろうという気持ちになれた」と笑顔を見せた。

びわ湖大津観光協会の担当者は「震災1年の節目でもあり、例年になく大がかりになったが、招待した人たちに楽しんでもらえたようで良かった」と話した(「画像」は、「1枚目」が、1日船長を務めた川崎亜沙美さん。「2枚目」が、大型観光船・ミシガンを中心に行われた湖上パレード(大津港沖の琵琶湖で))。

(*)2012年3月11日付「読売新聞(朝刊)・滋賀版」掲載記事(一部編集)

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ブログ1066日目

「中日新聞(滋賀版)」に掲載された日(「詳しいこと」は、前回更新ブログ  http://kwmryshr-2.cocolog-nifty.com/blog/2012/02/1056-91cc.html にUP済)に田村神社(田村まつり)に行った私・Yoshihiro.K。

「この日」は、雪が降っていました。

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「画像」は、「『田村神社』の前にある歩道」の上から撮影(「一番上」が亀山・名古屋方面。「一番下」が京都・大阪方面)。

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「『この橋』の上」から下を流れている川に、「『自分の年齢の数』の豆」を流すと厄落しできます(私も実際に流してきました)。

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「昨年の秋」に、約260年ぶりに新しくなった本殿。

4月7日~10日に行われる「坂上田村麻呂(さかのうえたむらまろ)公御鎮座1200年式年大祭(「詳しいこと」は、田村神社ホームページ http://tamura-jinja.com/index.htm をご覧ください)」に向けて行われていた「奉祝記念事業(*)」は、「この本殿」が完成したことにより、無事にすべて終了しました。

(*)「1200年式年大祭」に向けて行われていた「奉祝記念事業」は、下記の通り。

・神明鳥居再建(2008年完成)

・拝殿社殿改修  屋根葺き替え 渡り廊下の改修(2009年完成)

・本殿周辺石垣の整備(2009年完成)

・本殿造替(昨年の秋に完成)

(*)「画像」は、「上から3枚目」のみ「Soft Bank 931P」で撮影。

「それ以外」は、「Panasonic LUMIX DMC-FX100」で撮影。

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ブログ1056日目

豆投げで無病息災祈願。甲賀・田村神社で厄除大祭(田村まつり)始まる

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境内を流れる御手洗(みたらい)川に、橋の上から東向きに年の数の豆を投げ入れて厄を取り除く厄除大祭(やくよけたいさい)が17日、甲賀市土山町の田村神社で始まった。

神社の祭神で、平安時代の武将の坂上田村麻呂(さかのうえたむらまろ)が亡くなった翌年の812年に、農作物の不作や病を鎮めるために神職らが三日三晩厄払いしたことにちなむ。

いつのころか、豆による厄除けが始まり、今年も3日間にわたって予定されている。

この日も、参拝客が勢いよく豆を投げては手を合わせ、無病息災を祈っていた。

甲賀市水口町の学生・福井瞳さん(19)は「家族に厄年が多いので、平穏な1年を願って豆を投げた」と話していた(「画像」は、無病息災を願い、川に福豆を落とす参拝客)。

(*)2012年2月18日付「中日新聞・朝刊(滋賀版)」掲載記事(一部編集)

今年は、「坂上田村麻呂公御鎮座1200年式年大祭」が、毎年4月8日に行われている「『例祭(郷中祭)』の日」を含む4日間(4月7日~10日)行われます(後援:甲賀市観光協会、甲賀市商工会、びわ湖放送(BBC))。

「詳しいこと」は、「田村神社」のホームページをご覧ください。

http://tamura-jinja.com/index.htm

おまけ:私(Yoshihiro.K)は、昨年に続き、今年も行ってきました。

今日(2月18日)、行ってきました。

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ブログ1025日目

こんばんは。

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現在、ロッテリアでは、一部地域を除きTBS系列で毎週月曜日~金曜日・朝5:30から放送中の「みのもんたの朝ズバッ!」との共同開発商品「ヒレカツ 朝ズバーガー(390円)」が数量限定で販売されています。

「ヒレカツ 朝ズバーガー」の主役となるヒレカツには、カナダの広大な自然の中できれいな空気と水や新鮮な穀物で肥育された良質な豚ヒレ肉を使用。

12mmに挽いたパン粉を使用して、やわらかな食感を残しながらサックリと揚げました。

味の決め手となるソースには、店舗で毎日手作りする鮮やかなピンク色のオーロラソースにヒレカツと好相性の中濃ソースを合わせ、コクの深い味わいに仕立てました。

これらをはさむバンズには、国産米粉使用のもちもちとした食感と金ゴマが特徴の米粉バンズを採用しています(「ロッテリアホームページ」から抜粋)。

「ロッテリア」ホームページ

http://www.lotteria.jp/index.html

TBS「みのもんたの朝ズバッ!」ホームページ

http://www.tbs.co.jp/asazuba/

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ブログ1016日目

「Yoshihiro.K・伊勢の旅」

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今回の「Yoshihiro.K・伊勢の旅」は、「JR参宮線(近鉄山田線)・伊勢市駅」からスタート(「タイトル」は、自分で考えました)。

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最初は、「伊勢神宮・外宮(豊受大神宮(とようけだいじんぐう))」

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今年4月7日に開館するせんぐう館。

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「工事中」なんですが、今回、「この画像」を撮影した場所だけ、特別に中へ入ることができました。

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「御正宮(豊受大神宮)」に参拝し、「県道37号線(鳥羽松阪線)」を徒歩で移動(「画像」は、「上から『風宮(かぜのみや)、土宮(つちのみや)、御正宮』の順」にUPしました。「風宮と、土宮」は、画像のみUP)。

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次に行ったのは、「『内宮』の別宮・倭姫宮(やまとひめのみや)」

「この近く」に、「式年遷宮記念神宮美術館(しきねんせんぐうきねん・じんぐうびじゅつかん)、神宮徴古館(じんぐうちょうこかん)・農業館」があります。

ここから、内宮まで途中で休憩しながら徒歩で移動。

最後に、「内宮(皇大神宮(こうたいじんぐう))」に参拝しました。

(*)「画像」は、「Panasonic LUMIX DMC-FX100」で撮影しました。

「今月7日」に行きました。

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ブログ1015日目

17歳、親子の絆信じ。第4部・子どもたちは生きる(6)

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ガリガリガリという民家同士がこすれあう音、鼻をつく油のにおい、半開きの目で鼻の下まで泥水に漬かった母。

思い出すたびに涙が出てしまう。

「でも…」と、阿部真奈さん(17)は思い直す。

「姉はもっとつらいと思う」

2011年3月11日、宮城県女川町の真奈さんの家に遊びに来ていた義姉の阿部友奈(ゆうな)さん(17)は、長女・愛夢(あゆ)ちゃんと津波にのまれた。

「やばい、死ぬ」。

おぼれかけながら娘の腕をつかんだ。

その手をいつ離したのか記憶がない。

水面から顔を出した友奈さんが見つけたのは娘でなく、板切れにしがみつく真奈さんだった。

引き波が去って2人だけ残された。

ぼたん雪が視界を遮る。

川沿いの道をはだしで歩きながら、友奈さんは不安でたまらなかった。

隣の真奈さんに言った。

「手、つないでいい?」

「…うん」

真奈さんは一瞬、答えに詰まった。

「それまでまともに話したことすらなかったから。第一印象が最悪で」

お互い中学生だった2年前の冬。

高校を中退し建設現場で働いていた兄が自宅に連れてきた。

おなかのふくらみに目が行った。

「ろくに赤ちゃんの面倒も見ず、おもちゃみたいに捨てるんでしょ」。

心の中でつぶやいた。

津波の前日、自宅で友奈さんと鉢合わせした。

ママにべったりの愛夢ちゃんを見て「意外にちゃんとしてるんだ」と見直した。

それから2週間足らず。

流された目と鼻の先で、愛夢ちゃんは遺体で見つかった。

知人からの連絡で友奈さんが駆けつけると、自衛隊員が愛夢ちゃんを毛布でくるんでいた。

ゆりかごのように枝が広がったキンモクセイの上に横たわっていたという。

眠っているようだと友奈さんは思った。

傷一つなく、ベビー服も着ていた時のまま。

わずかに顔に付いていた土ぼこりを、ウエットティッシュでぬぐった。

津波の2日後に生後5ヶ月を迎えるはずだった。

「初めての離乳食でお祝いしようって決めてたのに」

一時、身を寄せた宮城県東松島市の実家で、愛夢ちゃんが話題に上ることはほとんどなかった。

家族の気遣いは明らかだった。

逆に怖かった。

「愛夢のこと忘れていくと思うんですよ、だんだんと」。

何かにつけ娘の名前を持ち出した。

「たった5ヶ月だけど自分の娘だから長くも感じた。でも他の人からしたら…」

5月下旬、避難者向けのアパートで夫と暮らし始めた友奈さんは、食べさせられなかった離乳食を作るようになった。

携帯電話サイトで見つけたレシピを手本に毎朝、慣れぬ手つきで台所に立つ。

「見えないだけ。きっとそばにいる」

体のだるさを覚えるようになったのは、それから2ヶ月ほど過ぎた暑い最中だった。

半信半疑で確かめてみた妊娠検査薬は陽性を示していた。

病院で出産予定日は3月13日と伝えられた。

愛夢ちゃんに初めて離乳食をあげるはずだった日。

「絶対何かある。そう信じたい」

共に生き延びた真奈さんは、春には高校3年生。

避難生活で遅れていた受験勉強に本腰を入れ始めた。

年末には、志望大学の見学に東京に行ってきたと聞いた。

制服姿が少しまぶしい。

ファッション、音楽…。

たまのたわいないやりとりが友奈さんに日常を取り戻してくれる。

そんな最中にも津波の記憶がよみがえって泣きたくなる。

「私も同じだよ」。

真奈さんの言葉に救われる(「画像」は、大きくなったおなかをさする阿部友奈さん)。

(*)2012.1.7付「中日新聞(朝刊)」掲載記事(一部編集しました)

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