17歳、親子の絆信じ。第4部・子どもたちは生きる(6)

ガリガリガリという民家同士がこすれあう音、鼻をつく油のにおい、半開きの目で鼻の下まで泥水に漬かった母。
思い出すたびに涙が出てしまう。
「でも…」と、阿部真奈さん(17)は思い直す。
「姉はもっとつらいと思う」
2011年3月11日、宮城県女川町の真奈さんの家に遊びに来ていた義姉の阿部友奈(ゆうな)さん(17)は、長女・愛夢(あゆ)ちゃんと津波にのまれた。
「やばい、死ぬ」。
おぼれかけながら娘の腕をつかんだ。
その手をいつ離したのか記憶がない。
水面から顔を出した友奈さんが見つけたのは娘でなく、板切れにしがみつく真奈さんだった。
引き波が去って2人だけ残された。
ぼたん雪が視界を遮る。
川沿いの道をはだしで歩きながら、友奈さんは不安でたまらなかった。
隣の真奈さんに言った。
「手、つないでいい?」
「…うん」
真奈さんは一瞬、答えに詰まった。
「それまでまともに話したことすらなかったから。第一印象が最悪で」
お互い中学生だった2年前の冬。
高校を中退し建設現場で働いていた兄が自宅に連れてきた。
おなかのふくらみに目が行った。
「ろくに赤ちゃんの面倒も見ず、おもちゃみたいに捨てるんでしょ」。
心の中でつぶやいた。
津波の前日、自宅で友奈さんと鉢合わせした。
ママにべったりの愛夢ちゃんを見て「意外にちゃんとしてるんだ」と見直した。
それから2週間足らず。
流された目と鼻の先で、愛夢ちゃんは遺体で見つかった。
知人からの連絡で友奈さんが駆けつけると、自衛隊員が愛夢ちゃんを毛布でくるんでいた。
ゆりかごのように枝が広がったキンモクセイの上に横たわっていたという。
眠っているようだと友奈さんは思った。
傷一つなく、ベビー服も着ていた時のまま。
わずかに顔に付いていた土ぼこりを、ウエットティッシュでぬぐった。
津波の2日後に生後5ヶ月を迎えるはずだった。
「初めての離乳食でお祝いしようって決めてたのに」
一時、身を寄せた宮城県東松島市の実家で、愛夢ちゃんが話題に上ることはほとんどなかった。
家族の気遣いは明らかだった。
逆に怖かった。
「愛夢のこと忘れていくと思うんですよ、だんだんと」。
何かにつけ娘の名前を持ち出した。
「たった5ヶ月だけど自分の娘だから長くも感じた。でも他の人からしたら…」
5月下旬、避難者向けのアパートで夫と暮らし始めた友奈さんは、食べさせられなかった離乳食を作るようになった。
携帯電話サイトで見つけたレシピを手本に毎朝、慣れぬ手つきで台所に立つ。
「見えないだけ。きっとそばにいる」
体のだるさを覚えるようになったのは、それから2ヶ月ほど過ぎた暑い最中だった。
半信半疑で確かめてみた妊娠検査薬は陽性を示していた。
病院で出産予定日は3月13日と伝えられた。
愛夢ちゃんに初めて離乳食をあげるはずだった日。
「絶対何かある。そう信じたい」
共に生き延びた真奈さんは、春には高校3年生。
避難生活で遅れていた受験勉強に本腰を入れ始めた。
年末には、志望大学の見学に東京に行ってきたと聞いた。
制服姿が少しまぶしい。
ファッション、音楽…。
たまのたわいないやりとりが友奈さんに日常を取り戻してくれる。
そんな最中にも津波の記憶がよみがえって泣きたくなる。
「私も同じだよ」。
真奈さんの言葉に救われる(「画像」は、大きくなったおなかをさする阿部友奈さん)。
(*)2012.1.7付「中日新聞(朝刊)」掲載記事(一部編集しました)
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